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市田斉当坊遺跡

[2010年3月19日]

遺跡
水差し形土器

 第二京阪道路・国道1号京都南道路建設工事で発見されたこの遣跡は、平成10年9月から(財)京都府埋蔵文化財調査研究センターが事前発掘調査を行った結果、「弥生時代中期のものとみられる南山城最大の集落跡(竪穴式住居跡約50基・方形周溝墓約15基)の可能性がある」ことがわかりました。
 この調査は、久御山町で始めて行われた本格的なもので、沖積地(河川によって運ばれてきた土砂が積もってできた土地)に営まれた弥生時代中期(紀元前2世紀~紀元前1世紀)の大規模集落跡と古墳時代後期の方墳が発見され、中世の遺構からは、溝・井戸・里道の側溝・区画溝・柱穴などが見つかりました。弥生時代のものでは、溝・土坑・竪穴式住居跡・方形周溝墓が見つかり、特に竪穴式住居跡からは、?同じ場所に繰り返し建て替えられたことから、このあたりが市田斉当坊の弥生集落の中心地であった?住居には適さない小規模な住居跡は、土器製作のための作業小屋であったと考えられます。
 出土物は、弥生時代中期の土器・石器・石製品が多数見つかりました。土器では、壺・甕・高杯、水差し型土器など、石器・石製品では、磨製石剣・石鏃(石のやじり)・石包丁・石斧・砥石・石錐など、また、ヒスイ製勾玉や碧玉製管玉なども発見されました。
 市田斉当坊遺跡の発掘調査は、久御山町で初めての本格的なもので、沖積地(河川によって運ばれてきた土砂が積もってできた土地)に造られた弥生時代中期(紀元前2世紀~紀元前l世紀)の大規模集落跡と古墳時代後期の方墳が発見され、中世の遺構からは久世郡の条里制(古代の土地区画の制度で、一辺654メートル四方の区画)の資料となる条里の交差点が見つかりました。
 約6,000平方メートルの調査区域から、多数の遺構と遺物が見つかったことから、この地方が山城盆地のなかでも特に大規模な集落であったこと、近江地域や北摂地域、北陸地域など広い範囲におよぶ交流があったことがうかがえます。
 平成12年度にも、範囲を拡げて再調査する予定です。
 新たな発見があり、詳細が明らかになることが楽しみです。

磨製石剣

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